2011年6月18日土曜日

どこまで聞いたらインサイダー!?監視委VS投資家の攻防激化

【疑惑の濁流】

 発表前に入手した企業の秘密情報をもとに、株売買をして暴利をむさぼるインサイダー取引。その「情報」の範囲や定義をめぐり、証券市場が揺れている。法の盲点を突く投資家が後を絶たない中、証券取引等監視委員会が“伝家の宝刀”を抜き始めた上、新たな最高裁判断も影響を与えそうなのだ。さまざまな形で情報が駆けめぐる証券市場。投資家がどのような情報を聞き及び、取引すれば違法なのか。「白黒判定」のボーダーを探った。(花房壮)

 ■「あの案件、そろそろ…」はシロ?

 「いい話があるよ」と聞いたのか、それとも「増資話があるよ」と聞いたのか-。

 市場関係者の間で今、インサイダー取引の“盲点”にかかわる係争が注目されている。 建設や流通などを手がける「ジェイオーグループホールディングス」(大証2部上場廃止)の増資をめぐるインサイダー取引。証券取引等監視委員会は昨年8月、投資家5人に課徴金納付命令勧告を出したが、うち1人が異議を申し立て、インサイダー取引の成否について金融庁で公開審判が開かれているのだ。

 争点は、この投資家が「重要事実」の伝達をどう受けたかである。そもそもインサイダー取引とは、金融商品取引法で禁じられた証券犯罪で、会社関係者などから公表前に入手した重要事実に基づいて株式を売買する不正行為のことだ。希に売り抜けに失敗して損するケースもあるが、インサイダー取引の大半は多くの利益を得られる。 ただ、伝達される重要事実には具体的な中身が必要とされる。「いい話があるよ」と聞いて株を売買したとしても、インサイダー取引には認定されないのが通説だ。まさにこの点が金融商品取引法の盲点とされ、公開審判で最大の関心事となっているわけだ。

 こうしたケースは、特に証券マンなどプロの世界では珍しくないとされる。監視委幹部はこう語る。

 「例えば、『A社の案件、そろそろだよ』などと聞いた投資家が株を売買する光景はよくあるが、インサイダー取引で摘発することは難しい。逆に、法律の抜け穴を熟知した証券業界関係者は、“足跡”を残さないよう巧妙に振る舞っている」 重要事実を特定しない情報伝達を受けて取引をする行為について、金融商品取引法に詳しい早稲田大の黒沼悦郎教授は「基本的にインサイダー取引の構成要件に該当しない」と指摘。その上で「EU(欧州連合)では、内部情報に基づく取引推奨も禁止の対象としており、立法論としては日本でもそうすべきだ」と法改正の必要性を訴える。

 ■繰り出される「ラストリゾート」

 金商法に“欠陥”があるとはいえ、監視委も智恵をしぼって摘発に力を注いでいる。

 「株主を裏切る背信行為であり、ラストリゾートを躊躇(ちゅうちょ)なく適用する」

 今月10日午後、東京・霞が関の金融庁。中堅総合建設会社「スルガコーポレーション」(横浜市、東証2部上場廃止)の元会長、岩田一雄容疑者(73)=金融商品取引法違反罪で起訴=らに対するインサイダー取引での告発会見で、監視委幹部は事件の悪質性を強調し、摘発の最終手段を意味する「ラストリゾート」という言葉を繰り返した。

 告発概要は、商業ビルの立ち退き交渉業務を委託した大阪府の不動産会社社長=弁護士法違反罪で有罪確定=らによる事件が表面化する直前の平成20年2月25日から3月3日までの間、関係会社が保有していたスルガ社株計約1万4500株を売り抜け、約1300万円の損失を回避したとしている。

 監視委幹部がラストリゾートという言葉を使った理由は、重要事実の定義に絡んでくる。

 金商法によると、増減資や合併などの決定事実▽災害や債務免除などの発生事実▽業績予想修正などの決算情報-が重要事実として個別列挙されているが、それら以外の事実でも投資者の判断に著しい影響を及ぼすものは「バスケット条項」として規定。この条項こそが、証券市場の中で生じる「その他大勢」の重要事実を捕らえる“最終手段”に位置づけられ、スルガ社のケースにも適用されたのだ。

 具体的には、弁護士法違反事件をめぐる警察捜査が投資者の判断に影響を与えるとして、重要事実に認定。実際、3月4日に不動産会社社長が警視庁に逮捕されると、スルガ社の株主たちは素早い反応をみせた。逮捕前の3日に1173円だった同社株は翌4日に973円に下落し、ストップ安になったのである。 バスケット条項を適用した告発事例は監視委が発足した平成4年以降、計8件に上るが、そのうち6件が20年以降に集中している。重要事実に認定したのは「粉飾決算の表面化」「増資の失敗」「景気低迷下での巨額資金調達」などだが、そこからは監視委の積極姿勢が浮かび上がる。

 市場関係者は「監視委は判例を積み重ねることで適用に自信を付けてきている。今後の摘発の主戦場はバスケット条項の分野に移るだろう」とみている。

 ■「実現可能性」がなくても…

 重要事実をめぐっては、その実現可能性の高低、有無も司法の場で争われてきた。

 村上ファンド元代表が証券取引法違反罪に問われたニッポン放送株をめぐるインサイダー取引事件。最高裁は今月、ライブドア元社長らによるニッポン放送株買収計画について、「実現可能性は皆無だった」などとして、インサイダー取引の重要事実には当たらないと主張する村上ファンド元代表側の上告を退けた。

 司法判断は割れていた。「実現可能性が全くない場合以外はインサイダー情報に当たる」(1審東京地裁)。「実現可能性が低ければ重要事実とはいえない」(2審東京高裁)。結局、最高裁は「実現可能性が低くてもインサイダー情報に当たり得る」と1審に近い判断を示し、論争にけりを付けた。

 ただ、重要事実を広くとらえる基準を明示した最高裁判断は、業界で賛否が分かれている。

 監視委幹部は、「法律のどこにも重要事実について『実現可能性』という要件は書かれていない。重要事実の決定は、それだけで投資者の判断に影響を与える」とし、最高裁判断を妥当と評価する。

 一方、証券会社幹部は「インサイダー情報の解釈が広くなり、投資活動や企業の情報交換の足かせになることが懸念される」と話す。最高裁判断が投資現場にとけ込むまでには時間がかかりそうだ。

産経新聞 2011年6月18日 16時3分 (引用)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110618-00000536-san-soci

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