計画的避難区域に指定された福島県の飯舘村で、5月31日時点で全村民6177人のうち23%にあたる1427人が区域内に残っていることがわかった。政府は5月末の避難完了を目標としていたが、避難先の確保が困難なこともあり、当初から「間に合わない」との異論も出ていた。
放射性テルルが検出されたことの意味
その飯舘村の南に隣接する浪江町、さらにその南の大熊町。この二つの町で、福島第一原子力発電所の事故発生の翌12日午前8時半過ぎ、放射性ヨウ素や放射性セシウム、放射性テルルが検出されていたという。経済産業省原子力安全・保安院が6月3日になって公表した緊急モニタリング調査データから明らかになった。
ここで問題なのは「放射性テルルが検出された」ということである。テルル132は代表的な核分裂生成物で、融点が450度、沸点が1390度であるから通常は固体である。固体が何キロも飛散することは考えにくいので、炉心溶融の結果出てきたと推測される。
核燃料の主成分はウラン酸化物で、それが溶けるのは2800度である。この温度になるとテルルが酸化して二酸化テルルになっている可能性が高い。沸点は1390度だから炉心溶融した超高温の環境下では蒸発して飛び散る可能性が高い。最近検出されたストロンチウム、アメリシウム、キュリウムなども同様である。
国民に即座に知らせるべき事実だった
そのような放射性物質が事故の翌朝に原発から10キロ近くも離れた場所で検出されたということは、私たち国民が知らされていたよりも早く炉心溶融は起きており、圧力容器や格納容器、建屋までもが損傷していたことになる。
本連載でも私は「炉心溶融は間違いなく起っている」と述べてきたが、それは格納容器の圧力、黒煙、二本の水蒸気、水素爆発などの状況証拠を積み重ねて推論した結果である。外部に気体以外のテルルのような物質が飛散していれば、燃料が溶融していることは間違いない。
炉心溶融ではなく被覆管が破損している程度ならヨウ素などの気体か、融点がほぼ常温であるセシウムが水と反応して外部に出てくることは考えられるが、テルルやストロンチウムは出てこない。つまりテルルが広範囲に散っていたということは、炉心溶融が起り、しかも圧力容器と格納容器がその密閉機能を失ってしまっていた、ということである。
保安院は、3月12日の午前8時半には福島第一原発が深刻な事態になっていることを認識していたのだ。この事実は即座に国民に知らしめなくてはいけないものである。にもかかわらず保安院は3カ月近くも事実を隠し、しかも「発表するのを忘れていた。隠す意図はなかった。申し訳ない」の一言で済まそうとしている。言語道断というべきであろう。
米国に伝えていたと考えれば辻褄が合う
あくまでも私の推測だが、保安院はテルル132が検出された事実を米国には伝えていた可能性がある。米国政府は3月16日、在日米国人に対して半径50マイル(約80キロメートル)圏内から避難するよう勧告し、大使館業務を大阪に移したとき、「ずいぶん大袈裟な反応だ」と感じた人も少なくなかったろう。しかし、それも正確な情報をいち早く保安院から得ていたと考えれば辻褄が合う。
米国が独自調査でテルル132を検出していた可能性もなくはないが、「事故の翌朝8時半」というのはかなり早い段階のことであり、米軍とはいえ、そこまで迅速に行動できたかどうかは疑問が残る。したがって、やはり政府・保安院が米国に一早く知らせたと考えるのが自然だ。
米国は事故の数日後から独自の無人機を福島第一原発上空に展開しており、その分析で水素爆発した2、3日後には炉心溶融を確信していたと思われる。しかし官邸がその事実を認めないので日本が事故を隠蔽しているということで、その後は独自の判断で行動することになったようだ。
米軍の無人機は北朝鮮などの核実験などを検出するために開発されており、炉心溶融で検出される放射性同位体は核爆発とほぼ同じなので、むしろ「得意技」の範疇に入るに違いない。
まったく国民を馬鹿にした話だ
保安院の西山英彦審議官は「発表しなかったことに特別な意図はなかった」と弁明しているが、本当は「意図があった」はずだ。あるいは米軍に証拠を突きつけられて、自分たちもそのくらいの証拠は持っている、と応じた可能性もある。
私たち国民の健康を犠牲にしても、米国には本当のことを伝え、在日米軍をはじめ米国関係者に適切な対応をとってもらおうという「意図」があったのではないか。まったく国民を馬鹿にした話である。
もし保安院を徹底的に追及して本音を引き出したら、きっと次のような回答が返ってくるだろう。
「3月12日朝の段階で、炉心溶融していることは認識していた。圧力容器はもとより格納容器が破損し、放射性物質が漏れ出ていた」。しかし、「それを発表したら国民がパニックになると心配した」。つまり、「情報を出さなかったのは、パニック発生を防ぐための親心のようなものだ」。そして実際、「現場の努力で大事には至らずに3カ月が経過している。結果オーライではないか」。今回発表したのは、パニックを避けるためにむしろ良かったのではないか、という開き直りである。
いささか意地悪すぎる見方なのかもしれないが、私は保安院の答弁を見てそう感じた。そうでなければ「特別な意図はなかった」などと、いかにも意図があった人にしか言えないセリフが出てくるわけがない。
どういう状態になったら自宅に戻れるか明らかにせよ
私は3月27日に公開したYouTubeの動画で、「福島第一原発の1~3号機は炉心溶融している可能性が高い」と述べた。原子炉周辺からストロンチウムが検出されたことや、黒い煙が上がったことなどからそう判断したのだが、実は事態はもっと早く進行していたのである。
幸いなことにその後の懸命な作業によって、米国の心配が今のところ杞憂に終わっている。同盟国に対して原発事故の正確な情報を伝え、しかるべきアクションを促すのは政府として当然のことである。だが、そこに「国民には知らせず、関係国だけに教える」というオプションがあっていいはずはない。政府はあまりにも国民をなめている。
いま、福島第一原発周辺の放射能のレベルに関してもさまざまな情報が交錯している。「避難している人が戻っても問題ない」と考えられる情報もあれば、「とてもそれどころではない」というデータもある。政府のしかるべきポジションにある人がどのデータが正しいのか、どういう状態が整ったら避難している人は自宅に戻れるのか、を明らかにしなくてはいけない。
同時に、ほぼ永久的に戻れない範囲はどのくらいと見込まれるのか(その地域から避難した人には移住を一刻も早く斡旋してあげなくてはならない)、などを明確にしなくてはならない。
残念ながら政府の発表は信用できない
放射線レベルでも私は政府の発表を信用していない。福島第一原発の現場で働く人々の被爆に関しても、実態はもっとひどいものだと思っている。「もともと人が働けるような環境ではないところで働かざるを得ない」とうことで、線量計や被爆情報を操作していると考えるからである。海外が疑いの目で日本を見ているが、実は政府を信用しているのは日本人だけかもしれない。
政府と保安院は事故発生から2カ月間、「炉心溶融はしていない」という態度で一貫していた。だから保安院の中村幸一郎審議官が3月12日に「1号機の炉心溶融が進んでいる可能性がある」と発表したとき(つまり技術系の彼はテルルのことを知っていた可能性が高い)、菅直人首相は即座に彼をクビにした(代わりにそのポストに就いたのが前出の西山氏である)。
正しいことを述べた人を“更迭”し、政府の意をくんで「大本営発表」してくれる人を起用する。これは、はっきりいって異常なことだ。生命にかかわるかもしれない重要な情報を国民よりも米国に先に伝えるのは、さらに異常な事態である。原発事故をめぐる政府の対応には様々な批判があるが、この問題はとりわけ強く批判されなくてはならない。私たちは断固とした怒りの声を上げるべきではないか。
日経BPネット 大前研一 2011/6/14 (引用)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110614/273955/
今後の備えに関することであるが、もしもまた地震や津波による災害が起こった場合、福島第一原発以外の原発地域30キロ圏内もしくは汚染地域になると想定されるであろうエリアの住民は、どこに逃げたら良いのだろうか。
この期に及んで、原発事故は絶対に起こらないなどとは釈明して欲しくない。
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