金融機関が債権放棄をする、しないで議論が盛り上がっている東京電力であるが、これから賠償金の負担額がどこまで膨れ上がるかわからない状況において、東電の適正な株価を見極めるのは極めて難しい。
株価は急落後は
400円前後で安定推移をしている
しかし、株価は震災以降400円前後を「安定推移」している。さすがにこの1週間ほどはメルトダウンの報道があったので、損害賠償金額のさらなる拡大を懸念して株価は下落基調にあるが、それでも、まだ300円台である。
一般的に経営破たん企業をイメージさせる株価は100円割れ、あるいは、限りなくゼロ円に近づくケースであろうが、東電の表面上の株価はそういう経営破たん企業のイメージにはまだ遠い印象である。
株価を予想する代表的な手法はPER(純利益株価倍率)であるが、当面の間は利益はほぼすべて賠償金や特別費用の支払いなどに充てられることが予測される状況においては、純利益がゼロとなるため、PERによる株価評価はできない。
PBR(純資産株価倍率)にしても、下手すると債務超過に陥りかねない状況ゆえにまともには使えない。もっとも、本当に債務超過となると上場廃止が近づいてくるため、なんとしても債務超過は避けるのだとは思うが、実質的に債務超過に近いことは誰の目にも明らかである。
そこで、キャッシュフローをベースにして、DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー:将来生み出すであろうキャッシュフローをもとに企業価値を算出する方法)を用いて株価評価を試してみる。東電の現在の状況は不確実性が高く、以下の算出は非常にあらい前提を置いて行うため、信ぴょう性の面では保障できないが、東電株価がなぜゼロ円にならないか、あるいは、どうなると株価がゼロ円になるのかのメカニズムはご理解いただけると思う。
市場は1兆円程度の
賠償金額を想定している?
<震災前>
・時価総額3.2兆円(株価2000円の前提)
・有利子負債6.8兆円(2010年12月末時点)
・市場で評価されていた企業価値:10.0兆円(時価総額と有利子負債の合計)
一方、株式資本コスト(株主が求めるリターン)を4%、有利子負債コストを1.5%と想定すると、加重平均資本コスト(WACC)は2.3%となる。今年の1月時点では、2011年3月期の予想営業利益は3200億円だったが、これの税引き後利益をフリーキャッシュフローとし、毎年0.5%の成長と仮定して企業価値を算出すると10.7兆円となる。上の10.0兆円とおおむね整合的である。ちなみに、株価が2200円程度で市場での企業価値とDCFによる理論的な企業価値はほぼ同額となる。
<震災後(最近の状況)>
・時価総額0.64兆円(株価400円の前提)
・有利子負債6.8兆円(2011年3月末時点)
・市場で評価されている企業価値:7.4兆円(時価総額と有利子負債の合計)
震災後、東電の格付けは大幅に引き下げられ電力債の利回りも上昇しており、有利子負債コストに3.5%を適用し、それにともなって株主資本コストも7%を仮定すると、加重平均資本コスト(WACC)は3.8%となる。2011年3月期の営業利益実績値は約4000億円であったが、これは費用削減の努力により当初予想より800億円ほどかさ上げされたものである。
そこで、今期以降の営業利益が、当初の前期予想営業利益であった3200億円で推移すると仮定し、税金ゼロ、成長率0%とすれば、企業価値は8.4兆円と算出される。市場でついている企業価値よりも、DCFによる理論的な企業価値のほうが約1兆円ほど多く、市場は1兆円程度の賠償金額の負担を予測していると言えよう。
ただ、報道ベースでは数兆円規模の損害賠償を予測する声もあり、もし損害賠償金額がより大きくなれば、その分株主や債権者が泣く必要が出てくる。
■収益力次第で今後の株価、金融機関の債権カットの有無が決まる
以上はあくまでも営業利益が前期の当初予想程度で推移し、税金をゼロとした場合である。営業利益が下がれば、企業価値は下がる。
例えば、今後の営業利益を2500億円に仮定すると、その他の仮定を上と同じとすれば、理論的な企業価値は6.6兆円となり、東電が抱える有利子負債の金額すら下回る。この場合は、株式責任により株価をゼロとしてもまだ足りず、金融機関による債権カットが必要となるが、賠償金額の負担が発生するため、債権カットの金額はその分さらに増加せざるを得ないことになる。
また、現在の東電の株式資本コストを7%と仮定したが、もし実際に債権カットの実現性が高まれば、株主責任を免れることは難しくなるだろう。したがって、今の東電株のリスクと期待リターンからは、株式資本コストは感覚的にはもう少し大きいかもしれない。この数値が上がれば、その分、理論的な企業価値も下がる。
目に見えない資本コストで議論するよりは営業利益で議論するほうが分かりやすいが、営業利益が3200億円なのか2500億円なのかで企業価値は1.8兆円も異なる。
要するに、株主価値の増減、債権カットの有無はすべて東電の収益力次第となってくるのである。そうなれば、当然のことながら、株主も債権者も、そして国も、東電に対して売上の維持と費用の聖域なきカットを要求し続けることになる。電力の供給量は当面増やせないため、費用の削減に頼らざるを得ない。
■人件費のカット、資産売却をすればさらに企業価値が上がる
メディアがよくやり玉に挙げる人件費は、東電は前期に単独ベースで4300億円計上しているが、これを1割カットして、そのまま営業利益が増加したとすれば、上の仮定を当てはめてDCFで計算すると、1.1兆円分の企業価値を生み出すことになる。端的には、その分だけ株主や債権者の負担額が減る。
なお、上の前提は、資産の売却などを考慮に入れていないため、資産売却が進めばその分だけ楽になる。90年代後半に銀行が次々と社宅などの保有施設を売却していったが、同じようなことが東電でも行われる可能性が高いであろう。
東電に対する費用カット、資産売却の要求は、国民の様々な思いの入り交ざった感情的なものという側面も強いが、費用削減度合いがそのまま株主と債権者に跳ね返るため、75万もの株主と我が国最大規模の有利子負債を抱える東電にとっては、単なる感情的な批判と受け流すことはできない状況である。
東電株は、普段は株式投資をやらないリスク許容度の低い個人投資家も、安定配当を目的とした預金代わりに購入していたという経緯がある。これまではコンスタントに毎年60円前後の配当を支払い、株価は2000円から3000円のボックス圏で推移してきた。配当利回りで2%~3%である。
そのような安定優良株から一転し、株価が再び上昇することも、そして配当を復活させることも当面はほとんど期待できない。75万の株主の憂鬱が解消される日はまだまだ程遠い。
ダイヤモンドオンライン 2011年05月25日(水) 14:20
http://diamond.jp/articles/-/12425
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