東京電力福島第1原発事故を受け、仙谷由人官房副長官ら政権中枢が「地域独占の電力供給のゆがみ是正と東電の体制見直しを本格検討する」と事実上の「東電解体」を目指す内部文書を作成していたことが分かった。原発事故の損害賠償で政府は6月、東電を支援する原子力損害賠償支援機構法案を閣議決定したが、文書は「あくまで応急措置」と明記。文書作成に携わった政権幹部は「東電の体制見直しは発電・送電事業の分離と原発国有化が焦点となる」と断言する。
政府が東電の賠償支援策を検討していた4月から5月上旬にかけ、東電の勝俣恒久会長は、首相官邸で賠償問題を引き受けてきた仙谷氏とひそかに会談した。勝俣氏は「東日本大震災は原子力損害賠償法が『電力会社は免責』と定める巨大な天災地変」との文書を手に免責を訴えたが、仙谷氏は一蹴し、「東電を徹底的に『仕分け』する」と迫ったという。
関係者によると、仙谷氏の構想は、東電の送電事業(送電・変電・配電)を売却し、原発は国有化して、東電は火力、水力などの発電事業だけにする。東電の総額7兆円超の電気事業資産のうち、1・6兆円程度しか残らない計算で「原発事故の背景となった官僚的体質の温床」と指摘される地域独占は崩壊する。また、送電事業の売却益を賠償費用に充てることも可能だ。
仙谷氏と勝俣氏の会談が数回にわたって行われているころ、経済産業省は「賠償を支払うため、16%の電気料金値上げが必要」とする賠償支援策の原案を作っていた。東電は国の資金支援を受けながら賠償を続ける一方、原発から火力発電に切り替える燃料費増を電気料金に上乗せして収益を確保し、国への返済原資とする内容だ。
この案では、地域独占で毎年約5兆円の電気料金収入を保証されてきた東電の収益構造は温存され、原発事故のツケは電気料金値上げという形で国民に回される。「こんな国民負担は世間に通用しない」。仙谷氏は経産省幹部をどやしつけた。
しかし、東電の11年3月期決算の発表が5月後半に控えていた。「政府の賠償支援策が固まらなければ、東電は膨大な賠償負担を背負って債務超過に陥る」との観測が広がった株式市場は大きく動揺した。
仙谷氏ら官邸側は、やむをえず経産省案をベースに、電気料金の値上げは明示せずに政府の支援策をまとめた。同時に「今回の支援策は、あくまで東電の決算を円滑に実行し、市場を動揺させない観点から応急的に措置するもの」と指摘したうえで「東電解体」を今後本格的に検討する方針を明記した内部文書を作成し、勝俣氏に「通告」した。
政府が支援策を決定した3日後の5月16日、枝野幸男官房長官が発送電分離について「選択肢として十分あり得る」、18日には菅直人首相も「議論すべきだ」と相次いで意欲を示した。
◇10年前にも浮上
発送電分離は約10年前、当時の世界的な電力自由化の流れの中で議論されたことがある。東電と蜜月関係にあった経産省で一部の「反東電派」が中心となったが、電力業界が与党だった自民党を抱き込んで強く抵抗し、議論は頓挫した。
東電の資産を洗い出すため政府が有識者を集め、6月に設置した「東電に関する経営・財務調査委員会」。発送電分離論者の松村敏弘東大教授らが名を連ね、リーダー役の仙谷氏は周辺に「自民党政権下で確立された電力会社を頂点とする幕藩体制を壊す」と産業構造の大転換に意欲を見せる。
だが、菅首相は退陣を表明しており、「東電解体」の推進力を欠く。東電にOBを役員として天下りさせてきた経産省の幹部は「東電を攻めているという政治的アピールだけ。この政権はしょせん何をやっても実現しない」と冷ややかだ。
◇
東電に代表される電力会社が地域独占を背景に築いてきた牙城。その基盤が原発事故を機に崩れようとしている。電力会社をめぐる構図を多角的に検証する。(随時掲載)
==============
■ことば
◇発送電分離
電力会社が一括して管理してきた電力事業を「発電」と「送電」の機能別に分離し、それぞれ別の事業者に行わせること。「配電」(発電所から送電された電力を家庭や企業に送り届ける機能)も分離の対象になることが多い。発電事業への新規参入組も送電網を公平な条件で使えるようになるため、電力市場の競争が活発化し、電気料金の値下げや太陽光発電など再生可能エネルギーの普及促進につながるとされる。
毎日新聞 2011年7月3日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110703ddm001020063000c.html
政府が東電の賠償支援策を検討していた4月から5月上旬にかけ、東電の勝俣恒久会長は、首相官邸で賠償問題を引き受けてきた仙谷氏とひそかに会談した。勝俣氏は「東日本大震災は原子力損害賠償法が『電力会社は免責』と定める巨大な天災地変」との文書を手に免責を訴えたが、仙谷氏は一蹴し、「東電を徹底的に『仕分け』する」と迫ったという。
関係者によると、仙谷氏の構想は、東電の送電事業(送電・変電・配電)を売却し、原発は国有化して、東電は火力、水力などの発電事業だけにする。東電の総額7兆円超の電気事業資産のうち、1・6兆円程度しか残らない計算で「原発事故の背景となった官僚的体質の温床」と指摘される地域独占は崩壊する。また、送電事業の売却益を賠償費用に充てることも可能だ。
仙谷氏と勝俣氏の会談が数回にわたって行われているころ、経済産業省は「賠償を支払うため、16%の電気料金値上げが必要」とする賠償支援策の原案を作っていた。東電は国の資金支援を受けながら賠償を続ける一方、原発から火力発電に切り替える燃料費増を電気料金に上乗せして収益を確保し、国への返済原資とする内容だ。
この案では、地域独占で毎年約5兆円の電気料金収入を保証されてきた東電の収益構造は温存され、原発事故のツケは電気料金値上げという形で国民に回される。「こんな国民負担は世間に通用しない」。仙谷氏は経産省幹部をどやしつけた。
しかし、東電の11年3月期決算の発表が5月後半に控えていた。「政府の賠償支援策が固まらなければ、東電は膨大な賠償負担を背負って債務超過に陥る」との観測が広がった株式市場は大きく動揺した。
仙谷氏ら官邸側は、やむをえず経産省案をベースに、電気料金の値上げは明示せずに政府の支援策をまとめた。同時に「今回の支援策は、あくまで東電の決算を円滑に実行し、市場を動揺させない観点から応急的に措置するもの」と指摘したうえで「東電解体」を今後本格的に検討する方針を明記した内部文書を作成し、勝俣氏に「通告」した。
政府が支援策を決定した3日後の5月16日、枝野幸男官房長官が発送電分離について「選択肢として十分あり得る」、18日には菅直人首相も「議論すべきだ」と相次いで意欲を示した。
◇10年前にも浮上
発送電分離は約10年前、当時の世界的な電力自由化の流れの中で議論されたことがある。東電と蜜月関係にあった経産省で一部の「反東電派」が中心となったが、電力業界が与党だった自民党を抱き込んで強く抵抗し、議論は頓挫した。
東電の資産を洗い出すため政府が有識者を集め、6月に設置した「東電に関する経営・財務調査委員会」。発送電分離論者の松村敏弘東大教授らが名を連ね、リーダー役の仙谷氏は周辺に「自民党政権下で確立された電力会社を頂点とする幕藩体制を壊す」と産業構造の大転換に意欲を見せる。
だが、菅首相は退陣を表明しており、「東電解体」の推進力を欠く。東電にOBを役員として天下りさせてきた経産省の幹部は「東電を攻めているという政治的アピールだけ。この政権はしょせん何をやっても実現しない」と冷ややかだ。
◇
東電に代表される電力会社が地域独占を背景に築いてきた牙城。その基盤が原発事故を機に崩れようとしている。電力会社をめぐる構図を多角的に検証する。(随時掲載)
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■ことば
◇発送電分離
電力会社が一括して管理してきた電力事業を「発電」と「送電」の機能別に分離し、それぞれ別の事業者に行わせること。「配電」(発電所から送電された電力を家庭や企業に送り届ける機能)も分離の対象になることが多い。発電事業への新規参入組も送電網を公平な条件で使えるようになるため、電力市場の競争が活発化し、電気料金の値下げや太陽光発電など再生可能エネルギーの普及促進につながるとされる。
毎日新聞 2011年7月3日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110703ddm001020063000c.html
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