2011年8月11日木曜日

「本当の原発発電原価」を公表しない経産省・電力業界の「詐術」

塩谷喜雄 Shioya Yoshio
科学ジャーナリスト
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爆発後の福島第1原発3号機原子炉建屋[東京電力提供]=2011年3月21日【時事通信社】
この国では、「安定した復興」とは元の黙阿弥のことを指すらしい。政治家たちの錯乱ぶりに隠れて、原発と電力の地域独占は何の検証も経ずに、今まで通りそっくり継続される気配が濃厚である。
福島の事故が打ち砕いた原発安全神話に代わって、経済産業省と電力会社が流布するのはもっぱら原発「安価」神話だ。

火力や水力に比べ原発の発電原価が断然安いという、架空の、妄想に近い数字が幅を利かせている。
評価も監視も放棄した新聞・テレビは、今度も懲りずに虚構の安価神話をただ丸呑みして、確かな事実であるかのように伝え、社会を欺き続けている。
日本経済が沈没するとすれば、その原因は原発停止による電力不足や料金高騰などではなく、行政と業界が一体となった利権と強欲体質の温存が主因であろう。

国民への「二重の恫喝」

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「やらせメール」事件で、事実上、再稼働が白紙に戻った九州電力玄海原子力発電所=2011年5月24日、佐賀県東松浦郡玄海町【時事通信社】
6月13日、経産省所管の日本エネルギー経済研究所が、停止中の国内原発がこのまま再稼働せず、稼働中の19基も順次停止した場合、その分を火力で賄うと、2012年度は1家庭当たりの電力料金が毎月1049円増えるという試算を発表した。
電力需要がピークを迎える夏を前に、停止中の原発の再稼働が議論になり始めたタイミングで、あまりにもあからさまな再稼働応援歌であった。
政策選択において、自分たちに都合のいい試算や見通しを、傘下の研究機関に出させるのは、経産省のいつもの手口である。
今回は、単なる世論誘導にとどまらず、原発を止めたら電気料金は上がり、一方で停電の危機も増大するという、2重の恫喝を含んでいた。
この発表を普通に受け止めれば、発電原価が安い原発が止まって、原価が高い火力で代替すれば、発電コストが上がって料金も上がるのは仕方ないと、納得してしまう。
しかし、電力会社もそれを監督する経産省も、発電所ごとの発電原価を一切公表していない。
何度も情報開示を要求されているが、「企業秘密」だとして、かたくなに公開を拒んでいる。
どこの原発がどれくらいのコストで発電しているかが分からないのに、それを火力で代替するといくら原価が上がるのかをはじき出せる道理がない。
だから、試算をいくら読んでも、なぜ標準家庭1世帯当たり月1049円上がるのか、論理的根拠が見つからない。
書いてあるのは、原発の分を火力で賄うと、燃料費が新たに3.5兆円かかるので、その分を料金に上乗せすると、1kWh当たり3.7円、1世帯で月1049円増になるという計算である。
火力の燃料費増加分をそっくり料金に上乗せするというのは、全く論理性を欠いている。
もしそれが正当なコストの反映なのだとしたら、原発というのはいくら動かしても一銭もかからない存在で、コストはゼロだということになってしまう。
コストゼロというのは大抵の場合は「大ウソ」である。

「モデル試算」という空想の発電コスト

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浜岡原発の停止を受け、停止中の2号機を再稼働させる中部電力・武豊火力発電所(手前)。燃料は重油。海を挟んだ奥には石炭を燃料とする碧南火力発電所が見える=2011年5月14日、愛知県武豊町【時事通信社】
本来は、原発稼働時の発電原価と、それを火力で代替した場合の発電原価を比較しなければならないはずなのに、原発の発電原価を隠してごまかすために、追加燃料費の全額上乗せなどという目くらましの虚構を組み立てねばならなかったのだろう。
こんなご都合主義の数字をご大層に押し戴いて、原発が再稼働しなければ日本は沈むなどと、国民や地元に誤った判断を迫った新聞・テレビの罪は重い。もしまっとうな批判能力があるなら、この試算が実は「原発は止められる」ということを、原子力利権ムラ自身が証明したものであることに、気づいたはずだ。
燃料費だけを追加すれば、日本の全原発の発電量を、火力で十分に代替できることを、経産省が認めたのである。
経産省と電力業界は、「本当の発電原価」は公開していないが、原発安価神話の源になった、ご都合主義の数字ならちゃんと出している。
半可通のエコノミストなどがよく例に引く「モデル試算による各電源の発電コスト比較」というのが、2003年に電気事業連合会(電事連)から発表されている。
これはモデルプラントという架空の原発が理想的に運転されたときの、空想の発電コストを示した「夢と幻」の産物である。
現実の原発のコストを何も反映していないし、何も示していない。
実体とは無関係だから、見せかけの原発のコストが下がるように、好き勝手な、恣意的な設定で計算している。
法定耐用年数が16年の原発も、15年の火力発電所も、40年間無傷のまま動かしたとして、コストを想像してしまった。
その豊かな想像力の産物が「1kWh当たり原子力5.3円、石炭火力5.7円、LNG火力6.2円、石油火力10.7円、水力11.9円」という数字になって、霞が関や大手町を大手を振って独り歩きしている。

電力会社自身の見積もりと激しく乖離

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 使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを利用するプルサーマル発電を国内で初めて実施した九州電力玄海原子力発電所3号機の原子炉容器へウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を装てんする作業の様子[代表撮影]=2009年10月16日、東松浦郡玄海町【時事通信社】
この数字がいかに現実と乖離しているかは、電力会社自身が原発の設置許可申請の時に、経産省の電源開発調整審議会(現・電源開発分科会)に提出した資料を見ればよくわかる。
それによると、日本の主要な原発の1kWh当たりの発電原価見積もりは、「泊1号機17.9円、女川1号機16.98円、柏崎刈羽5号機19.71円、浜岡3号機18.7円、大飯3号機14.22円、玄海3号機14.7円」となっている。
5.3円なんて原発はどこにも存在しない。
比較的原価見積もりが高い原発を列挙したが、1kWh当たりのコストが10円を切っている原発が2つだけある。
大飯4号機の8.91円と、玄海2号機の6.86円である。
それを考慮しても、どこをどうやったら、日本の原発の発電原価が5.3円などと言えるのか。
きっと原子力利権ムラの提灯持ちたちは、こう言うに違いない。
「電調審への申請数字は、初年度の原価見込みか、16年の法定耐用年数運転を前提にしたもので、40年耐用のモデル試算は別物で、比較しても意味はない」と。
それでは、現実の原発コストとは何の関係もないモデル試算を、何のためにはじき出したのか。
その理由を経産省と電事連には聞きたい。
原発は安いという架空のイメージを植え付けるだけでなく、本当は原発が他の電力に比べて圧倒的に高い「孤高」の電源であることを、ひた隠すためのプロパガンダではなかったのかと。
2003年のモデル試算には、核燃料サイクルのコストは全く反映されていない。
その後、さすがにまずいと思ったのか、経産省も核燃料サイクルやバックエンド(放射性廃棄物の処理・処分)の費用を、少しは組み入れた。
しかし、高速増殖炉の開発・運転費用や、再処理を委託した英仏からの返還廃棄物の関連費用などは除外し、廃炉費用も極端に安く見積もっている。

じつは断トツで高い原子力の発電コスト

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四国電力伊方原子力発電所。左の円筒が1号機、中央のドーム型が2号機、右奥の大きいドーム型が3号機。定期点検中の3号機を2011年7月に再稼働する予定だったが、菅直人首相の指示でストレステスト(安全検査)を実施することになったため、断念した=2006年7月11日、愛媛県伊方町【時事通信社】
モデル計算ではなく、公開されている電力会社の有価証券報告書から、これまでの原発の発電実績と費用をもとに、原発の発電原価を計算したのが、大島堅一・立命館大学教授である。
現在の発電原価に1番近いと思われるその数字は、原子力8.64円、火力9.8円、水力7.08円で、原発は決して安くない。
需要の変動に合わせた柔軟な負荷変動運転が苦手な原発は、需要の少ない夜間も目いっぱい発電する。
それを昼に持ち越すために、夜間電力を使って水を下から上にくみ上げ、それを昼に落下させて電気を起こす「揚水発電」をしている。
これはいわば原発専用のサブシステムだから、1kWh当たり40円とも50円ともいわれるそのバカ高いコストを原発の発電原価に組み入れ、さらに電源立地の名目で地元懐柔策に投入されている膨大な税金も反映させると、発電コストは原子力12.23円、火力9.9円、水力7.26円になり、原子力が断トツで高い電源となる。
経産省や電事連の「試算」という名の発表が、大本営発表よりたちが悪いのは、経済成長の担い手としての、メディアからの盲目的な信頼を利用して、真っ赤なウソではなく、それらしい信頼性の意匠を凝らしていることだ。
まさか、幹部のほとんどが東大卒の役所と会社が、詐術に等しい数字をもてあそぶはずはないと思ってしまう。
モデル試算を現実と取り違えるのは受け手の方が悪いという、巧妙な逃げも用意されている。

環境問題でも示された経産省のあざとい試算

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 経済産業省が地元CATVとインターネットで2011年6月26日に放送した佐賀県玄海町の九州電力玄海原子力発電所の緊急安全対策などについての説明番組。九州電力本社社員が3事業所と子会社の社員に再稼働を支持するメールを説明会宛てに投稿するよう求めていた[ユーストリームより]【時事通信社】
その典型的な事例が地球環境問題でもあった。2009年8月5日、経産省の総合資源エネルギー調査会需給部会に、経産省から1つの試算が示された。お得意の試算である。
経産省の試算インフレなどともいわれている。
中身は地球温暖化防止の基本計画によるCO2など温室効果ガスの排出抑制策と、家計の可処分所得や光熱費負担の関係を、はじき出したという触れ込みだった。
当時の自公政権の掲げた排出抑制目標は、2020年までに2005年比で、15%削減というものだった。
それに対し、民主党は1990年比で25%の削減を主張していた。
試算は両者が家計にどれくらい影響を与えるかを計算している。
間もなく解散総選挙という時に、政権を争う与野党の環境政策の優劣を、一役所が比較してみせるという、かなりあざとい技だった。
この試算をマスメディアのほとんどはこう報じた。
「15%削減なら可処分所得は年に4万4000円減り、光熱費が3万3000円増える。25%削減だと可処分所得は年に22万円減、光熱費は14万円増える」。記事を読んだりニュースを聞いたりした人は、25%なんて削減すれば、これから毎年36万円も負担が増えると受け取ったに違いない。
自公政権への露骨な応援歌である。
事実、「家計を傷めて何が温暖化対策だ」という反応があちこちで聞かれた。
この試算、今年6月の原発停止と家計負担の試算と同じで、奇妙奇天烈な想定でつくられている。2009年から2020年まで毎年1%以上の経済成長が続くと、20年には現在より家計の可処分所得は90万円以上増える。
排出削減策を講じると、25%削減でも可処分所得は70万円ほど増えるが、何も策を講じなかったときに比べれば増加分が22万円少ないという話である。
12年後に予想される可処分所得の増加分が、少々目減りするという程度の話で、無意味といってもいい。
そんな数字を有難がって、排出削減を嫌う経産省や経団連の目論見通り、来年から毎年、家計の所得が22万円ずつ減っていくと触れまわったマスメディアの罪は重い。
今年6月の試算と共通するのは、無理して虚偽を積み重ねているので、発表した経産省が自分の首を絞めている部分があることだ。
25%減という大胆な排出削減を行なっても、経済は成長し、可処分所得は増えると、アンチ温暖化の経産省が認めているのだ。

大臣は使いっ走りか

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参院予算委員会で野党から原発再稼働問題への対応を問われ、険しい表情を見せる海江田万里経済産業相。右下はなぜか涼しい表情の菅直人首相=2011年7月7日、東京・国会内【時事通信社】
当時の経産次官であり、エネルギー官僚として地域独占の過ちを糊塗し続けてきた望月晴文氏が今、内閣官房参与として官邸にいる。
本当に日本のエネルギーとして原子力が不可欠なら、安全性や経済性で虚構や欺瞞を重ねるのではなく、正直に発電原価も、隠された費用も明らかにして、国民に問うべきだろう。
電力料金は「総括原価方式」で決まる。
電力会社が社員の給与まで含めてかかった費用全部(原価)と、それに一定(現在は約3%)の報酬(利益)を上乗せして、電力料金収入とするのだから、絶対もうかる左うちわの地域独占である。
現在時点での原価を、できうる限り明らかにするのは、電気事業者と監督官庁の契約者に対する義務だろう。
E=mc2という質量とエネルギーの関係を示したアインシュタインの方程式は美しく、文明をエネルギーのくびきから解放する可能性を秘めている。
実はその技術的な可能性を奪っているのが、嘘や騙しや脅しで、人をたばかろうとする利権集団ではないか。
血税も含めて巨費を投じた原発には、必要な安全策をしっかり施し、ちゃんと働いてもらうべきだと思う。
老朽原発は廃炉にして、原発最優先の歪んだエネルギー政策から、徐々にフェードアウトを目指すべきだろう。
それに関するシナリオは既にいくつも提案されており、経産省の原発固執路線よりはずっと現実的なものがある。
それにしても、九州電力の佐賀県・玄海原発の再稼働で、海江田万里経産相は、国が安全を保証すると言ったそうだが、どうやって保証するのか。
国が原子力の安全を保証するのは、行政庁の審査と原子力安全委員会の審査の「ダブルチェック」を受けた場合である。
安全委が安全指針の見直しをすると言っている時期に、行政が指示した安全策も途中でしかない玄海原発の安全を、国が保証できるわけがない。
それが日本の法制度なのだ。海江田さん、東電本社に日参しているうちに、すっかりムラの住人になってしまったようだ。
大臣が役所や企業の使いっ走りをするのは、あまり見たくない。

時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_7607

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