2011年9月3日土曜日

伊方原発再考-福島が問うリスク- 第4部 法の鎖 ⑤揺らぐ信頼


 「専門家とされる人が、いかにたわいなく無責任かということが、明らかになってしまった」-。
伊方原発1号機訴訟の原告弁護団長を務めた藤田一良弁護士(82)=大阪弁護士会=は、訴訟を通じてベールに包まれた安全審査のずさんさが暴かれたと指摘する。

   1975年に松山地裁が国に提出を命じた安全審査関係の資料や証言が、逆に信頼性を大きく揺るがすことになったからだ。

 松山地裁判決によると、実質的に安全性を検討した部会でさえ、72年5月の初会合出席者は12人中7人。
同年10月まで7回の会合に一度も顔を見せない委員もいた。
運営規定や議事録も存在しなかった。
上部組織の審査会も、部会報告書了承決議に代理出席者が加わっていたことが判明した。

 藤田弁護士は審査の実態も伴っていないと主張。原子炉を立地するには、通常時や事故時に放射能がどう拡散するか調べ、周辺住民の被曝を計算し正否を判断する。
現地での拡散実験は極めて重要だが、未実施だったこともわかった。

  藤田弁護士は「法廷で安全審査会長を問いただすと、伊方原発周辺の地形さえ『はっきり思い出せない』と答えた」とあきれ返る。証言台でうつむいたまま、何も答えられなくなった証人もいたという。

    国が既に「安全神話」に浸っていたこともうかがえる。
2号機訴訟で放射性物質の放出の可能性は否定できないとする原告に対し、国は最終準備書面で「原子炉ECCS(緊急炉心冷却装置)や格納容器等の安全防護施設の存在を無視し、これらが全く機能しないような場合において初めて発生し得る事故の状態、例えば炉心溶融までも考慮する必要がないことは明らかである」と言い切った。
 裁判所に対しても、藤田弁護士は不信をあらわにする。
1号機訴訟では松山地裁の審理をほとんど終えた77年4月、担当裁判官3人のうち裁判長を含む2人が移動。
後任裁判長は体調不良を理由に弁論を開かないまま6月に再移動、別の裁判長が判決を下した。
「それまで原告の話に比較的耳を傾けてくれた裁判長の交代は最高裁の意図。
判決には両方の主張は一応書いてあるが『国側の主張を認めるのを相当とする』としかなく、肝心な相当とした理由に触れていない。
裁判の形も成していない」(藤田弁護士)
 高松高裁に舞台が移った79年、米スリーマイルアイランド原発事故が発生。伊方と同じ加圧水型原発で炉心溶融が起きたこともあり、国の主張に苦しさが見え始めていた。

83年3月4日、第22回口頭弁論で突如「弁論を終結します」と声が響いた。
藤田弁護士が見たのは声を張り上げた後に裁判官席の後ろのドアから「逃げていく」裁判長の姿。
裁判では通常、終了前に双方の主張や争点をまとめる弁論を行うが、原告側は承認申請の途中だった。「『やられた』と思って裁判官控室まで追いかけてが、もうおらん。
茶番劇もいいところだ」藤田弁護士は吐き捨てるように言った。
(森田康裕)

愛媛新聞 2011年9月2日
http://www.twitlonger.com/show/cquolt


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