退陣の条件としていた特例公債法(赤字国債発行法)と再生可能エネルギー特別措置法(再生可能エネルギー買い取り法)の成立を受けて、菅直人首相が先週末(8月26日)、ようやく辞任を正式に表明。事実上の次期首相を選ぶ民主党代表選も終わった。
だが、新たな首相選びを新たな船出と喜んでばかりもいられない。
26日に成立した2法と、8月初めに成立した原子力損害賠償支援機構法は、大変な負の置き土産と言わざるを得ない。財政赤字の垂れ流しと電気料金の引き上げに拍車をかけて、将来に大きな禍根を残すことは確実だ。
第1弾として、福島第1原子力発電所の賠償を理由に、東京電力が近く本格的な値上げを表明する見通し。遠からず、再生可能エネルギー振興のための電気料金の引き上げと、日本政府に対する信用不安が追い打ちをかけることも予想される。
*** 菅首相が残した電力料金値上げというツケ ***
「与えられた厳しい環境の下で、やるべき事はやった。
大震災からの復旧・復興、原発事故の収束、社会保障と税の一体改革など、内閣の仕事は確実に前進しています。楽観的な性格かもしれませんが、一定の達成感を感じているところです」---。
これほど国民感情を無視した独りよがりの退陣記者会見も珍しいだろう。菅首相は、26日夜に官邸で開いた記者会見の冒頭で、 自らの政権運営をこう自画自賛した。
しかし、内閣支持率は冷徹だ。政権が発足した時点では66%もあったのに、わずか1年3ヵ月前の間に15%まで下がってしまった。際限なく繰り返された失政に対する国民の不満は爆発寸前だったと言うべきだろう。
こうした世論に反論するかのように、首相は会見の場でも、「在任期間中の活動を歴史がどう評価するかは後世の人々の判断に委ねたいと思います」と抗弁した。
しかし、すでに駄目というレッテルを貼られた首相の評価が、将来、劇的に改善するとは考えにくい。
そして、菅首相が退陣したからといって、その失政が解消されるわけではない。むしろ、失政の重いツケが回ってくるのは、これからなのである。
その第一は、1家庭当たり単純平均で月額700~800円に及ぶとの見方も出ている東電の値上げ問題である。
この値上げに大義名分を与えたのは、首相が退陣の条件とした3法案の中で、最も早く成立した原子力損害賠償支援機構法(8月3日成立)だ。
本コラムでも何度か指摘したが、この法案は、福島原発事故の賠償を支援する機構の設置を定めたもの。機構に対して、国や他の電力会社が資金を提供し、機構が東電の賠償に必要な援助をして、東電は数年以上かけて返済していく仕組みとなっている。
同法の表向きの立法趣旨は、賠償額が、原子力損害の賠償に関する法律に規定された保険金額(1200億円)を超える事態に備えて、1.賠償の迅速かつ適正な実施、2.電気の安定供給---を確保することという。
しかし、実際の同法の目的条項には、「その他の原子炉の運転等に係る事業の円滑な運営を図る」という文言も盛り込まれており、機構が事故の収束のための資金や廃炉のための費用を供出することまで可能とされる。
それだけではない。首を傾げたくなる話のオンパレードなのだ。よく言われるように、電力の安定供給とは無関係であるにもかかわらず、東電を破綻させないことを最大の目標としているのだ。加えて、長年にわたって先進国の中で1、2を争う高い電気料金を一般国民や企業から徴収して溜め込んだ分厚い資産の拠出義務すら明記しないまま、機構を通じた資本注入や資金援助に道を開いている。
これにより、政府・経済産業省は監督責任を免れるし、安易に貸し込んできた金融機関の焦げ付きも回避できる仕組みとなっているのである。
負うべき責任を免れる人がいれば、そのツケを回される人が出てくることは、誰でも容易に推察できる話だ。その犠牲者が、庶民や中小企業なのである。
東電は機構から資金援助を受けるために、10月にも、機構に対して、援助の条件となっている「特別事業計画」を提出する見通し。そこに、東電が値上げを盛り込んでくるのが確実とみられているのだ。
現時点では、その値上げ計画を正確に予測することは難しいが、関係者によると、この法案を7月に閣議決定して国会に提出した時点で、菅内閣が見込んでいた賠償額は総額5兆円強。これを、東電と他の電力会社にそれぞれ、毎年2000億円ずつ負担させて、13年で回収するプランを密かに練っていたという。
*** 徹底した自助努力もなく値上げ ***
仮に、今年度の東電の最終赤字が3000億円程度に達するとすれば、東電は、負担金の2000億円とあわせて5000億円の増収策が必要になる。そして、東電がすでに十分な経費削減策を実施済みとして、値上げで全額を賄う計画を策定し、その際に東電が販売できる電力を年間2500億kw/h程度と想定すると、1kw/hにつき2円の値上げが必要になる。
これを、単純平均で一般家庭の負担を試算すれば、月額700~800円の値上げになるというのだ。つまり、年間の合計では、1家庭につき1万円前後の値上げが確実という。この値上げは、原油や液化天然ガス(LNG)の値上げを反映して自動的に引き上げるサーチャージとは別に、加算されるものである。
現在までに取材した範囲では、東電以外の電力会社は、内部留保を取り崩して1、2年は値上げをしない方針とみられる。だが、これは単なる先送りに過ぎない。いずれ値上げが必要になるので、東電管内以外に住む国民も「対岸の火事」と呑気に構えてはいられない。
そもそも福島原発事故の賠償が総額5兆円強で収まるという菅政権の想定が眉唾ものだ。賠償が2倍の10兆円になれば国民負担も2倍に、賠償が4倍の20兆円になれば国民負担も4倍に膨らむことは言うまでもない。
それだけに、機構には、東電の特別事業計画を精査して、過去に蓄積した資産の厳正かつ客観的な評価と、その大胆な売却を迫ってほしいものである。もちろん、そこには、電気料金の高騰の歯止めになると期待される発電所の一般企業への売却による発電業の競争促進などの施策も含めるべきだろう。
また、2011年第1四半期(4~6月期)に措置した分で十分とせず、新たに徹底したリストラクチャリングや経費の削減を迫ることも必要だ。そもそも東電は、第1四半期の決算で、燃料費の増加などに伴い経常費用が1000億円増えたが、人件費の圧縮などの合理化が不十分で630億円の経常赤字を出している。機構からの交付金が入ったとしても、自助努力が甘く、第1四半期だけで5717億円に達した最終赤字が埋まるとは考えにくい状況にある。
しかし、菅政権が成立を急いだ今回の法律は、東電に、そうした自助努力の徹底を義務づけるものとなっておらず、ザル法そのもの。今後、数年以上にわたって、国民負担の増大は避けられない見通しだ。
厄介なのは、今回の賠償のための値上げが、今後長年にわたって相次ぐと予想される電力料金の引き上げの始まりに過ぎないという点である。
すでに述べたように、福島原発の賠償が膨らめば、それだけ国民負担が膨らむのは明らかだ。ところが、菅首相が退陣の条件にあげた3法のうち再生可能エネルギー特別措置法も、大幅な電力料金の引き上げを呼ぶものに他ならない。
*** コスト無視の再生可能エネルギーというイリュージョン ***
政府のエネルギー・環境会議によると、1kw/hの発電コストは、原子力が5~6円、石炭火力が5~7円、液化天然ガス(LNG)が6~7円、大規模水力が8~13円と比較的低コストなのに対して、風力は11~26円、地熱は11~27円、バイオマスは12~41円、石油火力は14~17円、太陽光は37~46円と明らかに割高となっている。
そして、再生可能エネルギー特別措置法は、福島原発事故の直前の3月11日午前に閣議決定されたもの。というのは、そもそもの法制化の狙いが、CO2の排出削減を狙った昨年7月決定のエネルギー基本計画の具現化にあったからだ。それゆえ、原発事故以前は29%に過ぎなかった原発依存度を53%と大幅に引き上げることによって電力料金を引き下げて、その余力で風力、地熱、バイオマス、太陽光などを高値で買い取り、それらへの依存度も引き上げようというものに他ならない。
原発事故によって、原発依存度の引き上げによる電力コスト引き下げという構想がおりゅージョン(幻想)であることが明らかになった中で、まだコストの高い再生可能エネルギーを闇雲に振興することは誤った政策と言わざるを得ないのだ。ソフトバンクの孫正義社長らの陳情を真に受けて、コスト無視の再生可能エネルギー振興に傾注した菅首相の拘りは、経済の空洞化や大量失業のリスクを内包している。
さらに、最後にもう一つ。復興財源ひとつとっても増税を避けて通れないことは明らかなのに、菅政権は復興対策基本方針にさえ明確な増税方針を盛り込めないまま、今年度の予算関連法案の一つとして積み残しになってていた特例公債法(赤字国債発行法)の成立に拘った。このその場しのぎは、ギリシアなどの南欧諸国、米国の例を引くまでもなく深刻な問題だ。
同法の成立を待たずに、米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは24日、日本国債の格付けを1段階引き下げて、最上位から数えて4番目の「Aa3」(ダブルAマイナスに相当)に落としたと発表した。対照的に、米国は、債務問題で揺れたものの、依然としてムーディーズで最上位の「Aaa」の格付けを保持している。また、財政危機に直面するイタリアやスペインの格付けは「Aa2」だ。これに対し、日本の格付けは両国より下位に落ち込んだのである。
将来、さらに日本の財政改革の実行力に対する疑念が広がれば、日本経済や日本社会に取って取り返しのつかない事態が起きても不思議のない状況が、そこには存在する。
菅首相の後を継ぐ首相は、大変な負の遺産を背負い込んで船出をすることになる。
現代ビジネス 2011/08/30 (引用)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/17607
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